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すいでんのブログ

適度に日記感覚で書いていきたいと思います。 Creativeなツールとか作ってみたいですね。

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却下されるのを前提とした提案。

いつも自分が何かを考えて、その最終決断を親なり、その事柄で自分よりも上の立場に居る人に意見を聞いていた。

あくまで意見を聞いていただけなんだけど、(その事柄に関して)自分よりも上の立場に居る人がそう言うならそうなんだろうな・・・ってことでそれを自分の最終判断にしてしまっていたことがよくあった。

それと関係あるかわからないけれど、僕の主張する考えはどこか回り道をしたり、はたまたみんなが上手く迂回してやりすごすことを『知らない』という状態を盾にして突っ切るものがあるようで、大抵却下され、やめたほうがいいと言われてきた。

彼らのお陰で何かと助かってきたのかもしれない。でも損をしていたのかもしれない。今となってはわからないことだけれど。

そして今回『自分で決めたこと』を親に話してみた。

そういう方向で進んでみると決めたわけだけど、それでも今まで自分の発言は却下されることが多かったから、今回もなんだかんだ言われて却下されて、こうしとけばいいんだよ的なことを言われると思っていた。

却下されないか不安ではあった。

でも結果は違った。

それなりに話をしていたので、その時に新しく伝えることはほとんどなく、比較的あっさりと承諾してくれた。

でもあの目は、本心は色々と渦巻いていたのかもしれない。

なんだかんだで意見を却下され、妥協案を聞いて、それを実行していく・・・。

そんなスタイルを昔から取り続けていたためか、今回の承諾は、自分の方針を聞き入れてくれた安堵より、初めて1人で行ってはいけない領域に踏み入れたような感覚のほうが強くて正直怖くなった。

もちろん自分で決めたことだからそれなりに気持ちは定まっているけどね。

今まで簡単に引き返せる部分にだけ進み、その領域に行きたいと言いつつも行くことはなく、また足を踏み入れただけですぐに引き返していた。

だからこの感覚は当然といえば当然なんだろう。

そして多分だけど、この感覚は年齢とか関係なく、感じる人は誰でも感じるものだと思っている。

今は消化すべき事柄や何かが散在していて、まだ整理もスムーズ化も図れてない。

少し気を引き締めていかないとな・・・。『何かに縛られない人は何かに守られることもない』

この言葉は覚えといて損は無いと最近思うようになった。


そしてちょっと話は変わり、ここ最近やたらと頭の仲に思い浮かぶ言葉がある。

『デス・エデュケーション(Death Education)』


《解説》上智大学教授のアルフォンス・デーケンが、1982年頃から「死への準備教育」を提唱している。「死を見つめることは、生を最後までどう大切に生き抜くか、自分の生き方を問い直すことだ。」と、デーケンは唱えている。(By wikipedia


ここに書いてある内容とは少し違うけれど、僕がこの言葉の意味として知ったのは『誰かが亡くなることで初めてその人の大切さがわかる』というもの。

心理学の講義かなんかで聞いたんだと思う。

なんでかわからないけど、時々頭のなかにぽつんと浮かぶこの言葉。

今、当たり前に存在している人たちが居なくなった時に初めてその人たちの大切さがわかるようになる・・・。

今、生きているから、多分それが当たり前で、そのことに気づけないでいる・・・。

でもこの言葉を思い出すと、『あの人が居なくなったら僕はどう感じるんだろう?』とか『あの人は僕にとって何か大切な存在であるんだろうか?』とか考えるようになった。頻繁にではないけどね。

多分これは僕の『対応できる範囲なら出来る範囲で早いうちに気持ちの準備をしておこう』という無意識の方針がそうさせているんだと思う。

でも今回はこの無意識の方針のお陰で時々ではあるけど考える機会が与えられてるわけだから助かっている。

いずれ誰かが居なくなるその時のことを考えて心の準備をし、身構えるんじゃなくて、逆算して、今生きている人の大切なところ(良いところ)を見出そうという気になれた。

ここだけ見ると無理やり考えつこうとしているみたいだけどそんなつもりは全然無い。

デス・エデュケーションは自分のこれからの生き方に良い影響を与えるものだと思っている。


では今日はこの辺で。
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  4. / コメント:2

No title

  1. 2013/04/30(火) 21:21:58 |
  2. URL |
  3. take
  4. [ 編集 ]
僕はそういう言葉で自分の死を連想します。
同じような意味合いでラテン語に「メメントモリ」という言葉があります。
室町時代、一休さんが正月に「人はいつか死ぬからご用心」と髑髏を担いで街中を歩いたというエピソードがあります。
死を見つめ直すことの大切さは古今東西様々な形で残ってるんで面白いですね。

Re: No title

  1. 2013/05/03(金) 00:09:08 |
  2. URL |
  3. すいでん
  4. [ 編集 ]
人なら誰でも知っているわかりやすい終着点ですからね。

どんなルーズになる人でも締め切りや期限が間近になれば本格的に動き出したり焦りだしたりするものですし。

でも大抵間に合わなかったりするんですけどね・・・。

人生に関しては間に合わなかったじゃ悔やんでも悔やみきれないですからね。

やっぱり生きていて、知識を欲する【ヒト】である以上、知り用の無いその先はみんな気になるんでしょうね。

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プロフィール

すいでん

Author:すいでん
最近は純粋にお金が欲しくなってきた。
ただそれを手にして消費するだけじゃ絶対飽きが来るし、脳も身体もあっという間に衰えていってしまう。
じゃぁ、どうするかということをよく考えてる。

常に何かを考え続けるんだ。
そんでもって何かを達成するんだ。

そうやって生きていかないと苦しくて、つまらないでしょ・・・?

ともあれ今の自分はまだ何も説得力を持たない。

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